武器になる「状況判断力」(17)

敵の可能行動の列挙と分析

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□はじめに

前回の問いは、「1979年に折原製作所が開発したトイレの擬音装置「エチケットトーン」の開発はなぜ行なわれたのか?」です。

日本人女性はトイレを使用する際に起こる様々な音が恥ずかしいようです。そのためそれらの音を消すためにトイレの水を出し続けるのだそうです。

擬音装置は節水のために開発されたのことです。実際に擬音装置によってトイレの使用水量は半分以下になったようです。擬音装置の目的は「音を消すため」と言ってしまえばそれまでのことですが、その少し先にある目的を探ることが重要なのです。

今回の問いは、歴史からの出題です。中国では漢民族の王朝である明を満州族のヌルハチが倒し、清王朝を樹立(1616年)します。「どうして、少数民族の満州族が大多数の漢民族を統治し、300年弱の安定政権を維持できたのか?」です。これは「なぜ日本が満州や朝鮮の統治に失敗したのか?」という問いに転換できそうです。

今回は、軍隊式「状況判断」の第二アプローチの「状況及び行動方針」の5回目です。今回は、敵の可能行動をどのように列挙するのかについて解説します。

▼敵の可能行動の列挙

相対的戦力の評価を終えたならば、次は敵の行動方針を列挙します。敵の行動方針は、自衛隊用語では「敵の可能行動」と呼んでいます。

敵の可能行動とは我が任務の達成に影響を及ぼす行動であって、敵が能力的に実行できる行動です。可能行動の列挙は、指揮官の状況判断を適切にし、かつ奇襲防止のために行ないます。そのため、まずは我の任務達成に影響する可能行動を漏れなく列挙することから開始します。

その手順は、最初に我が任務、地域の特性、敵情、我が部隊の状況を踏まえて、敵が能力的に取り得る行動の概要を想像的思考で列挙します。次にその行動が行なわれる場所・時期・戦法などを考察して、可能行動を具体的にしていきます。

次いで、列挙した可能行動から、我が任務にあまり影響を及ぼさない可能行動は排除し、我が任務への影響度の差の少ないものは整理・統合します。

敵の可能行動の列挙は通常、情報幕僚が「幕僚見積(情報見積)」として実施します。情報幕僚は自らの見積の判断結果を指揮官に具申し、指揮官がこれに同意すれば指揮官の状況判断に取り入れられます。
指揮官は情報幕僚の判断をそのまま採用することもあれば、拒否することもあり、さらに敵情の把握と幕僚見積のやり直しを命じることがあります。

▼わが国では能力判断が基本

敵の可能行動の列挙は敵側の立場に立って、意図と能力の両面から考察する必要があります。

まず能力的に実行が可能であって我が任務に影響を及ぼす行動を能力判断で列挙します。その上で行動を行なう意図(意思)があるかの判断(意図判断)を重ねて、列挙した可能行動の実行の可能度などを明らかにし、さらに分析を深めるべき敵の可能行動を絞り込みます(能力判断)。

意図判断と能力判断は状況判断を行なう上で非常に重要なので、ここで詳しく解説します。

我が国の安全保障では「能力判断の優先」を基本としています。まず、相手国の能力を掌握することに焦点を定め「どのような能力を持っているか?」ということを解明します。その後に、相手国が「何をしようとするのか?」という意図を推測、判断します。作戦分野に至っては、意図の解明を追求することに対して極端に否定的な立場さえ提示されてきました。

これは米国による意図判断による失敗を教訓としています。米国は朝鮮戦争において「中国は国内経済優先の折だから中国軍の介入はない」とし、ベトナム戦争では「北ベトナムがいかなるゲリラ的、人民戦争的な能力を保有しているか?」よりも、自らの北爆の効果を過大視して、「北ベトナムが立ち上がる気力は失せた」と判断しました。いずれも能力よりも意図を重視して敵の可能行動の判断を誤ったのです。

他方、能力は可視的であり、急激な変化はありません。能力判断は理論的に計測できる事実に立脚しています。したがって、能力判断は意図判断に比して誤判断が少ないのです。さらに能力判断は奇襲や想定外の最悪ケースにも対応できます。

▼能力過大、過小評価はしない

能力判断では過大評価、過小評価をしないことが重要です。情報が不足している、未知の状況に遭遇する、行動のための準備が不足していれば、誰しもが相手側を過大評価する傾向になります。

クラウゼビッツは、「危機についての情報は、多くは虚偽か誇大である。そしてこれは大海の波のように押し寄せて来て、高くなったと思うとたちまち崩れ、なんの原因もないのにまた高まってくる」と述べています。つまり、戦場での心理的恐怖から過大評価し、状況判断を誤ってはならないと警告しています。

試験会場に行って、周りの人たちが自分より優秀に思えて、実力を発揮できなかったとよく聞きます。
これは情報が不足していることから不安感が大きくなり、自分を過小評価し、周囲を過大評価してしまうのでしょう。

相手に対する過大評価は我を委縮させ、折角のビジネスチャンスを見逃すことにもなりかねません。他方、相手への過小評価によって予期しない事態を招くことも多々あります。「こんなはずではなかった。舐めてかかって痛い目にあった」ということになります。こうした過小評価による状況判断の誤りを回避するためには、その背景を理解する必要があります。

我に時間的余裕があり、さまざま情報が集まり、我の準備が周到に進められると、だんだんと我を過大評価し、相手を過小評価する傾向が強くなります。
1973年の第四次中東戦争の事例を出すまでもなく(イスラエルがエジプトを過小評価したことで奇襲を受けた)、連戦連勝で我に対する驕りと敵への過小評価が原因で国家が危機状況に陥ることが多々あります。

旧日本軍の戦史を回顧すると、戦場から離隔した司令部などでの状況(情勢)判断では、敵に対する過小評価がしばしば起こっています。戦争は勝利を目的・目標とする集団行為であるので、〝必勝の信念〟を醸成するうちに、それが我の過大評価と敵の過小評価を生んだのでしょう。

個性、性別、能力レベルなどによって過大評価、過小評価は起こります。自信家の指揮官は敵軍を過小評価します。男性は自分を過大評価し、女性は過小評価をする傾向が強いとされます。能力の低い人に限って自己を過大評価する(ダニング=クルーガー効果)と言われています。こうした特性を知っておくことが、個人および組織から過大、過小評価を排除することの基本です。

▼能力は変化していることに注意

能力は意図よりも変化しにくいとはいえ、不変ではありません。我の能力向上とともに敵の能力も同時に向上しています。運動選手が自己記録を伸ばし、「これならばライバルに勝てる」と自信をもって試合に臨んだところ、相手が自分以上に能力を伸ばしていてコテンパンにやられることはよくあります。

すなわち、能力は常に変化するものだとの認識を持つ必要があります。現在の能力の進展性のみならず、潜在能力の開発を考慮し、他方で能力の減衰にも留意し、能力データベースを常に刷新することが重要です。

能力にはプラスとマイナスの両面があります。だから能力の構成要素を単に足し算するのではなく、各種の制約要因を考慮して引き算することも重要です。
可能な限り定量的(数量的)な評価に留意し、相手側の能力を総合的に計数化することが必要なのです。

能力が可視的といっても不透明な部分や多々あります。相手の主張を否定する明確な根拠がない場合には額面どおりに評価することが必要です。たとえば2017年、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発表した際、それを最初から訝(いぶか)る意見がありましたが、このような感覚的な過小評価は危険です。

▼能力判断の限界

能力判断は目に見えやすいので論理的思考が活用でき、状況判断を誤りにくいとされます。しかしながら、能力ベースでは「これもできる。あれもできる」となり、相手の可能行動の数はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑になります。

また、すべての事を能力判断に依存することは現実的でありません。たとえば、中国はわが国に対してミサイル攻撃を行なうことや南西諸島に奇襲侵攻する能力を有し、ロシアもわが国道北部への奇襲侵攻の能力を有しています。これら能力的に可能な行動をすべて列挙して、完全な防衛態勢を取ろうとすれば、国家財政はたちまち破綻してしまうであろうし、現実的に不可能です。ここに能力判断の限界と意図判断の活用の必要性が生じます。

▼意図判断の可能性

 そもそも意図は不可視であり、正確な判断は容易ではありません。しかし、意図判断が全く不可能だというわけではありません。環境の制約など全くなしで、国家や企業などの意図が形成されるわけではありません。一党独裁国家であっても、第三国との関係、国内外世論、国際法や国内法を無視した国家戦略の追求は困難です。

通常、我より圧倒的に優越した能力を持つ敵は能力的にはいかなる行動を取ることもできるように見えます。しかし、現実にはさまざま制約要因が存在し、それらが意図の形成に影響を及ぼしています。

たとえば、ある中小企業が垂涎の技術をもっているとして、大企業はその技術を手に入れるために、この中小企業の買収を検討したと仮定します。大企業は原材料のサプライチェーンの断絶、取り引き銀行からの融資の中断などで中小企業の経営を圧迫させて、しかるのちに買収工作を働きかけることは可能でしょう。

しかしながら、こうしたダーティーな工作が公になれば、長年築いてきた企業ブランドを失うことになります。つまり、大企業は自らの行動方針(買収工作)のプラスとマイナスを比較考量した上で、行動方針を決定することになります。

つまり、相手側にどのような制約要因や弱点があるかを考察することで、意図の推測や判断を行なうことは可能です。

また国家や大企業のように対象が大きければ大きいほど意図を実際の行動に移すにはリードタイムと期間が必要となります。たとえば国家が戦争を行なうには国民に対する広報活動や各種の戦争動員が必要となります。よって時系列的な分析を継続し、その変化の兆候を察知し、その意義付けを的確に行なうことで意図の推測も可能となります。

▼意図判断を行う上でのポイント

前述のように、能力判断による、敵の可能行動の数はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑になります。

だから、ついつい「まさか相手はこんなことはしないよな」といった具合に、相手の意図を最初に推測して、たいした根拠もなしに蓋然性が小さいと思われる可能行動をメンタルチェクして除外してしまうのです。筆者はこれを〝意図判断の誘惑〟と呼称し、思い込みによる意図判断を行なわないよう自戒してきました。

思い込みによる安易な意図判断を回避するためのポイントをまとめてみます。第一に、相手側の置かれている環境調査(分析)をしっかり行なうことが重要です。たとえば、相手国の意図は置かれている環境と大きく関係しています。そのため地理、政治(イデオロギー、法律、主要人物など)、経済、社会(国民性、世論、マスコミなど)、外交、軍事(兵力、装備
、運用ドクトリン)などの要因が相手側の意思形成にいかなる影響を及ぼしているかについて分析する必要があります。さらに彼我の地域を取り巻く歴史的背景、過去に発生した事例および結果などを研究する必要があります。

第二に、相手側の立場で自己分析と環境調査を行なう必要があります。相手側が自己をいかに評価し、自らの弱点をいかに認識し、それをどのように克服しようとしているかについて分析します。このため、我の戦略を構築するための手法であるSWOT分析を相手側の立場で行なうことは有効とされます。

第三に、敵の意図を推量する上では指揮官やリーダーの性格、趣味・嗜好に着目します。太平洋戦争の口火を切った山本五十六連合艦隊司令長官は大変に勝負事の好きな人物であり、ワシントンの武官事務所で当時将棋の相手をしたことがある(株)極洋の法華津孝太会長が、「将棋はどうも攻め一方で、いささか無理筋のきらいがあるように思う」と言っています。そうした性格を総合して、「戦争の始まるまえに、アメリカがもし日本海軍の主将の性格をもう少し突っこんで調べていたら、山本なら海戦の時いきなりハワイを突いて来るかも知れないということは十分察しられただろう」(阿川弘之『山本五十六』)と語っているようです。

第四に相手側の弱点を探し、その改善につながる兆候を探します。相手側は行動方針を決定する前に、弱点に対する対策を全力でとろうとします。たとえば中国が台湾に対して着上陸侵攻を行なう場合、現在の最大の弱点であるとされる揚陸能力を改善する必要があります。つまり、揚陸能力の急激な改善という兆候が出てくれば、中国による対台湾軍事侵攻の意図が高まったと判断することが可能となります。

第五に認識上のバイアスを排除します。意図は不可視的であるので、そこには希望的観測、
先入観などが容易に入り込みます。また意図は個人の気分や国際情勢の急変などによって変化します。自己の尺度で相手側の意図を見積るバイアス(ミラーイメージグ)を排除し、相手側の立場になり切って推察します。認識上のバイアスを回避する、あるいはバイアスに陥っていないかを点検したりするためには、グループ討議や分析手法の活用が有効です。

次回は敵の可能行動の分析について、兆候と妥当性の尺度で考察することについて解説します。

(つづく)

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