武器になる「状況判断力」(18)

敵の可能行動を兆候から考察する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の問いは、「中国では漢民族の王朝である明を満州族が倒して清王朝を樹立(1616年)したが、どうして、少数民族の満州族が大多数の漢民族を統治し、300年弱の安定政権を維持できたのか?」です。

歴史では、「これが確実で決定的な理由だ」と断定的に述べることは禁物ですが、一つの見解を紹介します。

清王朝の繁栄システムを作ったのは康熙帝です。ふつうは征服した民族が征服された民族を同化させようとするものですが、彼は満州族を漢民族に同化させる政策を採用しました。宮廷でも満州語や満州文字ではなく漢字や漢語を使用しました。

また歴史的な官僚システムである科挙も採用しました。この試験は漢文で出題される試験であったために、満州族の合格者はほとんどおらず、漢民族で占められました。よって満州族は中級公務員試験を受け、官僚としての満州族は漢民族の下位に位置付けられました。

軍事は「発旗」と呼ばれる満州族の軍隊が中核を占めましたが、生活水準は中流であり、規模も数万人程度であり、大人口を抱える中国では大軍ではありませんでした。

結果として、征服王朝でありながら満州族は漢民族の強い恨みを買うこともなく、このことが漢民族も納得できる政治形態を作り上げたのです。(以上は川島博之『極東アジアの地政学』を参照)

さて、日本による朝鮮、満州、支那の統治はどうだったのでしょうか。詳細は割愛しますが、現地民族から反発が生じました。これが満州事変から泥沼の日中戦争へと向かった原因であるとみられます。

前回の問いが少し難しかったので、今回はテレビで偶然知った「なぜ、無料ロッカーの鍵は100円玉が必要なのか?」です。この答えを聞いて、私は自分の行動を照らし、思わず「なるほど」と唸りました。皆様も自分を見つめ直し、この問いを考えてみてください。

▼敵の可能行動の分析

敵の可能行動を列挙したら、次は敵の可能行動の分析です。分析を行なうことにより、結論として、「敵がどの可能行動を採用するか蓋然性(採用公算)が高いか」、「我の任務に重大な影響を与える可能行動はどれか(敵の強み)」、「我が乗じ得る敵の弱点は何か(敵の弱み)」などを明らかにします。

敵が同時期に採用する可能行動を明らかにするには「採用公算の順位」を判定(判断)します。たとえば、「敵はどの方向から攻撃するか?」という問い(情報要求)に対し、「敵はA方向から攻撃する公算が最も高い、次いでC方向、次いでB方向の順」といった具合に判断します。この採用公算の順位は敵情判断のキモであり、我が行動方針の列挙・分析へと導くものです。

採用公算の順位は「兆候」と「妥当性」の両面から考察、判断します。まず兆候上から採用公算の順位を考察し、次いで戦術的妥当性の観点から順位を考察し、最後に総合的に順位を判断します。

▼兆候とは何か?

兆候とは物事の前触れであり、「インディケーター」、「シグナル」、「予兆」、「前兆」などとも言います。たとえば、くしゃみは風邪の兆候です。へんな雲が発生する、深海魚やイルカなどが浜に打ち上げられる、ネズミなどの小動物が動き出す、温泉の水質が変わる、これらは大地震の兆候だとされます。

自然現象の兆候を事前に探知することは容易ではありませんが、人為現象では本格行動を起こす前には何らかの準備行動が必要なので、兆候として事前に探知することは自然現象での探知よりも容易です。

『孫子』では戦場で高く舞い上がる砂塵は戦車部隊の来襲の知らせといっています。誘拐事件の事前には、よく無言の不審電話があるといわれますが、これも重大な兆候です。

思いがけない危機が突然訪れた場合、「奇襲」「サプライズ」という形を取りますが、その方向に動くという「兆候」の「シグナル」は常に存在しています。

ところが、奇襲だと感じるのは、相手側の秘密保全と欺瞞的行動に引っかかり、受け手側(我)が兆候の「シグナル」を読み取れない状況(環境)に陥っているか、あるいは「希望的観測」「先入主観」「狼少年症候群」などにより兆候のシグナルを「ノイズ」として排斥しているのに過ぎないのです。

▼兆候を見逃さないために

安全保障の分野に限らず、兆候が何を意味するのかを判断できれば、近未来が予測できます。相手側に先行して我が行動する、あるいは敵に先回りして、敵の行動を妨害するなどして、我が主導権を握ることができます。

兆候は視覚、聴覚で実際に探知できます。しかしながら、可視的なものも意識しなければ見過ごすことが多いものです。たとえば、誘拐事件の兆候とされる、自宅周辺での不審者の徘徊と無言電話による偵察活動なども、誰かの家探しや、単なる間違い電話と処理され、「そう言えば・・・」と後になって気づくことになりがちです。

だから、主動的に想像力を働かせ、相手側に立って、行動の目的は何か、目的を達成するためには何をしようとしているか、そのために必要な事前準備は何か、それらの準備行動は能力的に可能であるかなどを考察して、生起し得る兆候を探し出す必要があります。

旧軍の情報参謀であった堀栄三氏は、缶詰と医薬品の株価が上昇したことで、米軍によるフィリピン島への侵攻を予測しました。堀氏は、敵国の立場に立って、戦争では大量の食糧の携行品が必要となり、傷病者の手当のための医薬品も準備する必要があることを認識したのでしょう。

重要な兆候を見逃さないようにするためには「兆候リスト」の作成が重要です。これは、過去の事象や行動経験からある種のパターンを読み取り、ある重大な行動などにつながる重要な事前行動など(兆候)を一覧表にしたものです。

兆候リストに基づき情報を集め、兆候リストに該当する行動などが実際に起きれば、未来の重大な行動などが近づいていると判断します。

米陸軍のかつての『戦闘インテリジェンス』には、敵が攻撃する場合の兆候に、(1)偵察から隠蔽するための隠蔽手段の建設ないしその強化、(2)敵部隊の前方への移動、(3)敵部隊の前方集合地点への配置、(3)砲兵の最前方への配置、(4)パトロールの強化、(5)敵部隊が縦長になる、(6)援護部隊を強化するか新しい部隊と入れ替える、(7)後方地域での活動の強化、(8)
司令部、補給、傷病者後送施設の前方の配置、(9)敵野砲の我が防衛線内地域への試射、(10)空中偵察の増加、(11)組織的空爆(加藤龍樹『国際情報戦』)が挙げられていました。これらは、現代の戦闘にも通用する兆候リストになるでしょう。

「兆候リスト」に基づく情報収集は効率かつ効果的です。なぜならば、情報集は「問い」(情報要求)や「枠組み」(問いを解明するために知っておくべき事項の種類と範囲)の設定によって行なわれるものです。そして兆候リストとは、問いや「枠組み」をさらにブレークダウンしたものです。すなわち、情報収集の重点方向を明確にするものなのです。

第二次世界大戦時、アメリカの海軍大佐の情報将校のザカリアス大佐はあらゆる航路からの日本商船の引き上げ、無線通信の増加、ハワイ航路における日本潜水艦の出没は日本海軍の奇襲の兆候リストに挙げて、関連情報を収集し、成果を上げました。

▼兆候リストを作成する思考法

兆候リストの作成にはクロノロジーとシナリオ・プラニングの思考法を理解する必要があります。

クロノロジーは、過去に起きた事象や行動を時系列に羅列した一種の年表です。情報分析では解明すべき「問い」や「枠組み」に基づいて、必要な事象などを抽出する作業が必要となります。その際、ある事象が他の事象と関連している、規則性があるなどのことが明らかになれば、それらは、未来の重大な事象の兆候であるかも知れません。創造力を発揮して、クロノロジーを未来に延長することで兆候リストを作成することができるのです。

シナリオは「未来における現在進行形の物語」です。シナリオを作成することをシナリオ・プランニングといいますが、この手法には「バックキャスティング」と「フォアキャスティング」があります。バックキャスティングは未来に起こりそうな事象や望ましい未来像を設定し、それが起こるためにはどのような条件が必要か逆行的に考察します。この際の条件が兆候となり、それを掘り下げることで兆候リストは作成できます。

 かたやフォアキャスティングの手法は、過去や現在に至るトレンドを何らかの形で未来に延長します。

 前述のクロノロジーはフォアキャスティングによるシナリオ・プランングの一つの手法として活用できます。

 国際情報分析ではバックキャスティングとフォアキャスティングを併用した分析が行なわれ、これはフィードバック的思考と呼ばれます。「クロノロジー&タイムライン」はその典型ですが、本ブログで図示できないのが残念です。(拙著『戦略的インテリジェンス入門』、『未来予測入門』参照)

 なお、「クロノロジー&タイムライン」はビジネスにおいても適用できると考えます。「競合他社の合併はいつか? その兆候としてはどのようなことが起こり得るか?」などをテーマ(問い)にしたシナリオに適用できるでしょう。

(つづく)

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