判断力思考(8)

■米軍による状況判断のマニュアル化

 自衛隊の教範は旧軍教範を基礎に、戦後になって流入した米軍教範からの影響も加味されています。

 米国は第一次世界大戦以後、戦争の歴史から遠ざかっていましたので、軍人の老齢化が進んでいました。そこで、太平洋戦争では、米軍は民間企業の中から優秀な人材を将校として養成することにしました。その時に状況判断の能力をつけさせることが喫緊の課題となり、定型の思考方法が整理されたといいます。

 当時、日本もそうでしたが、旧陸軍が参考にしたドイツ軍もフランス軍も「目的を達成するためには、何をしなければならないか」を経験則に照らして考察する「演繹的思考法」を使っていました。一方、英軍は「遠くの目標に向かって何ができるか」の選択肢をかき集めて、最も容易な選択肢を選択するという「帰納法的思考法」を使っていた(松村劭『勝つための状況判断学』)といいます。

 そこで、米陸軍参謀本部は学者を集めて状況判断の思考方法を作成し、それをマニュアル化しました。これは、前段で「何をなすべきか」(演繹法)を考え、後段で「何ができるか」(帰納法)を考える方法で、命題、前提、分析、総合、結論という五段階からなります。一般的には「演繹的帰納法」と言われる志向過程です。今日、この思考方法は自衛隊を含む主要国の軍隊が採用しています。

■ 米軍式の状況判断 

自衛隊出身で多くの著書を刊行した松村劭氏は自著『勝つための状況判断学』で、米軍式の状況判断の手続きを次のとおり紹介しています。

  • 【一】任務

任務を分析して達成すべき目標とその目的を明らかにする。

  • 【二】状況および行動方針

任務達成に影響を及ぼすすべての要因の特色を明らかにする。

【二a】状況

【ア】地域の特性

   気象、地形、海象、そのほか敵・味方以外の関係する状況などについて、それらの特性    と任務の達成に影響する様相について考察する。

【イ】敵情

   敵に関する最新の情報に基づき、自軍に関係のある敵の能力と、最近及び現在の顕著な活動、特性および弱点などについて考察する。このときに毒ガス、最近、核兵器については特に注意する。

【ウ】自軍の状況

   自分の部隊のほか、上下左右の力を合わせることができる部隊の現況を把握する。

【エ】相対的戦闘力

  敵と味方の静的な戦闘力の比較だけでなく、ダイナミックな戦闘力を比較する。ダイナミックな戦闘力とは、戦闘力=戦力✕速度の二乗と考えよ。

【二b】敵の可能行動(複数)の考察・列挙

    任務達成に影響する敵の可能行動のすべてを考察する。そして整理して列挙する。明確な証拠があれば採用の順位をつける。

【二c】自軍の行動方針(複数)の列挙

【一】で見出した当面の目標を達成する行動方針を編み出す。この行動方針は「いつ(when)、どこで(where)、誰が(who)、何のために(why)、どうする(how)」を明示する。

【三】自軍の行動方針の分析

【三a】敵の可能行動とわが行動方針を噛み合わせて戦闘シミュレーションを行なう。

シュミレーションしてみて勝利の解答がでなければ、【ニc】に立ち返り、行動方針の着想を立て直す。

【三b】シュミレーションを通して鍵となる比較のための要因(複数)を抽出する。

【四】自軍の行動方針の比較

【四a】比較要因の評価

シュミレーションの結果として抽出した比較要因(複数)に比較のための重み付けを行なう。

【四b】比較要因を尺度として、わが行動方針を比較し、最良の行動方針を選択する。

【五】決定した行動方針に基づいた作戦計画の構想を作成する

しかし、単純化されたとはいうものの、緊急時にこのような手順を経て状況判断を下すのは大変です。実際には敵の可能行動を考えて、感覚的に我の行動方針を決めるということになるのでしょう。ただし、消防士の状況判断の時に解説しましたように、高速度の「パターン認識」を発揮し、瞬時に状況判断を下すためには、平素の訓練が必要であり、すぐれた直観はマニュアル化することが不可能ではないのです。

■情報処理の訓練は難しい

自衛官の戦術教育では、米軍流の状況判断の思考過程で教育訓練が行われます。ただし、戦術教育では教育訓練上の制約から、情報は教官(統裁官)より与えられ、与えられた情報はすべて真実であるとされ、情報をどのようにして収集し、審査し、評価するかという訓練はできません。だから情報は前提であり、作戦本位の戦術教育にならざるを得ません。つまり、状況判断の手順で非常に重要な情報の正否を判断する過程が抜け落ちてしまうのです。

というのは、正しい情報の中に偽情報を混入させ、それを偽情報だとか、正しい情報だとかを判断させる戦術教育の枠組みを作ることは非常に大変なのです。したがって、現実の国際情勢を題材に状況判断を養成することが重要だと私は考えています。

戦前、陸軍大学校が形式的な情報教育に終始した時、秘密戦(情報戦)の戦士を育成した陸軍中野学校では現実の題材を使ったようです。

中野学校二期生の原田統吉さんという方の回顧録には、以下のように記されています。

『情況は本日の現状、駐ノルウェー武官としての状況判断及び処置如何』というのである。ドイツが『ノルウェー、デンマークに進駐した』ニュースが新聞に伝えられた直後である。与えられた時間は二十分。

軍における情況判断というのは、単に情況の分析だけではない。相手の企図、実力及びそれに関連する一般条件を分析予測し、それを当方の企図から判断して、最後は『吾方は○○するを要す』という言葉で終る、主体的な意志決定直前の段階までの作業である。そして武官の処置とはこの場合、独立した秘密戦指導者の具体的行動を意味する。・・・・・・

入学以来、毎日の新聞はごくありふれた不断の自習材料であった。トップから三行通信まで、すべての外電はその見出しの大小にかかわらず、総力戦と秘密戦の見地から洗い直し、徹底的に分析し判断し予測し、各種の立場から処置を決定してみること。―予測や処置の当否は、やがて現実の経過が解答してくれる。採点するのは自分だ。「現実から習う」これが日常の営みとして続けられていたに過ぎないのだ。大ゲサにいえば主体的に現実と対決する知的自己訓練といってもいいだろう。……」(原田統吉著『風と雲と最後の諜報将校』)」

次回は状況判断の思考過程の第一、任務について考察します。

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