判断力思考(1)

はじめに

一昨年、私は『武器になる情報分析力』を刊行しました。おかげ様で、無事に重版出来となり、昨年に3刷目となりました(※なお、この本のベースとなった『戦略的インテリジェンス入門』も昨年再重版出来となり3冊目となりました)。この著書では情報分析とは何か、情報分析の着眼、情報分析の手法などを解説しました。

しかし、情報分析という行為は基になる情報(インフォメーション)があってこそ成り立ちます。情報がなければ論理的思考法は活用できませんし、情報から戦略や戦術を決定するためのインテリジェンスは作成できません。

かのクラウゼビッツの『戦争論』で以下の記述があります。

「戦争中に得られる情報の大部分は相互に矛盾しており、誤報はそれ以上に多く、その他のものとても何らかの意味で不確実だ。言ってしまえば、たいていの情報は間違っている」。

ただし、この記述はあくまでも戦場での戦闘場面を想定しています。他方でクラウゼッビィツは、「戦争は、政治の表現である。政治が軍事よりも優先し、政治を軍事に従属させるのは不合理である。政治は知性であり、戦争はその手段である。戦争の大綱は常に政府によって、軍事機構によるのではなく決定されるべきである」と述べています。

つまり軍事、戦闘よりも外交を優先する、政治的な知性をもって戦争をコントロールする思想です。これは「勝算のない戦いはしない」「戦わずして勝つ」ことを追求した『孫子』の兵法と相通じるものがあります。よく『孫子』は情報を重視していたが、クラゼビッツには情報を管理する発想に乏しいとの議論がありますが、これは表層的で誤った解釈であると言えます。

では、正しい情報はなかなか得られない場合はどうしたら良いのでしょうか? これが今回のテーマです。

1932年に策定された『統帥参考』では、以下の旨の記述があります。

「情報の収集は必ずしも常に所望の効果を期待できないので、高級指揮官はいたずらにその成果を待つことなく、状況によっては、任務に基づき主導的行動に出ることに躊躇してはならない」

『統帥参考』では「情報収集において敵に優越することが勝利の発端」「情報収集は敵情判断の基礎にして、適切なる敵情判断は情報収集を容易にする」など規定しているので、情報収集や情報を軽視しているわけではありません。しかし、「情報が不十分だからといって躊躇すれば戦機を逃すので、自らの目的と役割に基づいて判断や行動に移れと」といっています。

要するに、情報が不十分の場合には判断が重要となります。この際の判断は充分な情報がないので論理的な思考は完全には踏めないという前提です。このため、過去の経験を最大限に生かす、少ない情報を基に想像力をフルに活用するなどが重要となります。

今回は私が思っている判断とは何か、判断力を養成するためにはどうすれば良いのかなどを、随時にこのブログに書き留めておきたいと思います。

次回は判断とは何か、判断と決断とはどう異なるのかなどについて記述しようと思います。

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